My Potential

〜ぶち当たり生活〜
退院後の滑り出しは良好。
今日も右肩の通院の日だった。

教授と担当医の方に診察してもらった。
右肩の皮膚移植した部分が想像以上の速さで回復に向かい
俺の回復力に驚愕していた。

やっぱ若いんだろうね〜。若いっていいねぇ。

教授がそんなことを呟きながら、本当に嬉しそうだった。
担当医の方も俺もオカンもそれを見て、微笑んでいた。

今は右肩の手術跡が痛々しいけど、
時間をかけていけば、徐々に傷跡も良くなるらしい。
まだ安静にしとかないといけないらしい。

傷跡が早く良くなるように薬も処方された。
しかしもし副作用が出たら、薬を止めて自然治癒していく事に。
頻繁に小便がいきたくなったらそれは副作用らしい。
明日から一週間まず試しに飲んでみて、何も異常なかったら
薬を飲んで、自然治癒に加えて傷跡を良くしていく。

帰りの途中で、TV大阪の営業で、天神祭りの団扇が配られてた。
そうか。今日は天神祭りの日かぁ。っと浴衣姿をした営業の人に目をやる。
今年はちょっといけそうにないけど、来年はこういった祭りにいけたらいいな。
そう願いつつ右肩を撫でながら、心も擦った。
いつかまた昔のように生活できたらいいなぁ。
 
| 右肩の痣(傷跡) | 20:03 | comments(0) | -
無事に退院。(手術後25日目)
ついに長い入院生活も今日で終止符だ。
もちろんこれからも通院しないといけないけど、一先ず退院。
退院時はオカンと義理の姉が迎えに来てくれた。

朝早く、わざわざ担当医の方が挨拶に来て、
相部屋の方々に挨拶を済ませ、
病院で知り合いになった人々にも別れを告げ、
お世話になった看護師さん達にも別れの挨拶をして

ちょっぴり寂しい感じはするが、これで一段落。
ここで得た出会い、経験はちゃんと心の中に留めよう。

皆さんが無事に終わるように願ってくれたおかげで、
修羅場は何度かあったけど、なんとか乗り越える事ができました。

ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。
| 右肩の痣(傷跡) | 11:11 | comments(2) | -
これからの右肩の傷跡。右腹の傷跡。(手術後24日目)

ティッシューエキスパンダー法で伸ばした皮膚は白いけど、
皮膚移植した所は今も真っ赤で赤黒いとこもあり、お腹には一筋の傷が入った。
担当医の方の粋な計らいにより教授が今日、退院する前に診察してくれた。
皮膚移植した所は今は欠落してたり、赤かったり赤黒かったり目立つけど、
教授が指でぐっと、右肩の皮膚移植の部分をところどころ押さえた。
すると、押さえた所がじわわんと白くなって赤く戻った。
押さえて白くなるところは数カ月、数年かけたら将来的に白くなるらしい。
それを聞いて、自分の心の中を見透かされたようでビックリした。
それと同時に心のどこかの線が緩んで嬉しくなった。
一生、背負おうとしていた傷跡が時間がかかろうが、
傷跡が目立たなくなるという希望が出てきて嬉しくなったのだ。


初めは俺は黒い毛の生えた痣が手術をすれば真っ白になると思っていた。
でも、そうじゃないと知って、覚悟を決めた時もあったけど不安な時もあった。
病理検査の結果、俺の痣に癌細胞はなかった。つまり転移もない。
そう、それが傷跡云々いう前に大切な事だと言うのに・・・
心中まだどんな傷跡だろうが一生傷跡が残るという覚悟を決めかねていたのかもしれない。

そんな気持ちを見透かされたようでビックリした。
教授はにっこりと笑いながら、大丈夫。順調だよと言ってくれた。
そして俺のお腹を真剣に見つめながら、何を言うと思ったら・・・

君…入院中に肥えた?

きっと教授は今まで右肩に集中しすぎて俺のお腹見てなかったんだろう。
そうです。僕はメタボなんですよ。って返答したけどw
あまりに不意打ちすぎて、診察室にいる全員が爆笑してしまった。
俺もオカンもこの教授と担当医の方に本当に心から感謝している。

病院では先日、記事で書いたように「命のやりとり」をしている人がいる。
そういう人達がいる事を忘れちゃいけない。
自分はただの傷跡がひどいか良いかの覚悟でめげそうになった。
人間とは本当に弱い人間なんだなと感じる。
でも希望という力は時に奇跡を呼ぶ。
何回も手術をして、死の淵から這い上がる人達もいる。
だから俺も自分自身、強く気持ちを持ち、これからどういう傷跡が残ろうが
この神様がくれた「俺の印」を大事にしようと思う。
傷跡を見て嫌になる時もあるだろう。
それとも、大きい心で傷跡が治っていくのを楽しみにしていくのもいいだろう。
この傷跡を見て、その度に手術で得た経験と出会いを何度も思い出していこうと思う。




 

| 右肩の痣(傷跡) | 20:57 | comments(0) | -
病理検査の結果。(手術後22日目)
今日、担当医の方から摘出した右肩の痣の病理検査の結果が
先日出たらしいので、教えてもらった。
病理検査というのは、何かの研究かなっと思ってたんだけど、
それは俺の勘違いで、要するに摘出した痣に癌細胞があるかどうか調べる検査らしい。
つまり、現時点で癌になっていたかどうかを調べるものでもあった。
結果は摘出した痣からは癌細胞が出なかったらしい。
よって、癌が他の組織に転移している可能性もないので、
癌になる可能性は一般人と変わらなくなった。

摘出しなかったら将来、右肩の痣によって皮膚癌になっているかもしれないが
俺の右肩から皮膚癌になる事はもうなくなった。
更にこれからも皮膚癌になる可能性は一般人と変わらなくなった。

ラインでオカンに結果を教えてやると、とても喜んだ。
オカンは本気で心配していたらしい。胸をなでおろしただろう。
本当に心配かけてばかりだが、また一つ解決して本当によかった。

1つずつ確実に修羅場を乗り越えていて本当に良い感じである。


 
| 右肩の痣(傷跡) | 20:38 | comments(0) | -
固定バンドから完全開放。(手術後21日目)
今日から夜も右肩の固定バンドをしなくてよくなった。
まだ皮膚が爛れた部分はあるが、皮膚移植した皮膚が落ち着いたからだ。
今まで人工風船を入れてから三か月間、肩回しをしていなかった。
そして固定バンドをしてから21日目、肩を動かしてはいけない指示があった。
でも、これからは少しずつだけど右肩を動かしていかなければいけない。
今まで動かしてはいけないと脳で指令してたのに今は動かしていいから、
とても不思議な感覚に陥る。

何かを制限され続け、それが当たり前になると人間とは慣れるものだ。
そして、足枷となっていたものがなくなると自由が手に入り、
半信半疑になりながらも少しずつテンションが上がる。
次第に欲望が生まれる。そして、また新たな挑戦をする。
それが、成長の形の一つだろう。



肩を慎重にじっくり動かしてみた。
あら? 肩が動かないwwwwwwwww
担当医の方曰く、肩はしばらく動かさないと固まるらしい。
だからといってずっと動かさないと完全に固まった状態で、動かなくなるらしい。
つまりとにかく動かすしかないのだ。でも焦ってはいけない。
リハビリのプログラムがてっきりあると思っていた俺は、担当医の方に聞いてみると
その必要はなくて、自分でできる事から少しずつ動かしていく事が重要らしい。
これからも長い闘いが始まりそうだ。必ず克服してみせる。
| 右肩の痣(傷跡) | 17:41 | comments(0) | -
退院日が決定。(手術後19日目)

今日は教授の回診日だった。
教授の回診というのは本当に凄いものだ。
たくさんの医師達を引き連れて、病室を回る。
担当医の方とオカンと話し合って、7月12日に退院する事が決まった。

退院後はしばらく週一回、通院しなければならないらしい。
家での治療はシャワー後に右肩の皮膚の欠落部分に軟膏を塗って、
上にピタっとエスアイエイドを貼って、ガーゼをする。
右肩の切り傷には上からスポンジをして皮膚が膨れ上がるの防ぐ。
お腹の切り傷にはテープを張り付けて、傷口が開かないようにする。
お腹はとにかく体を動かせば動く部分なので、しばらくは抜糸しても
テープを張り付けて、少し固定しなければならないらしい。
担当医の方がオカンに順序良く教えてくれた。
本当にお世話になりっぱなしだ。感謝の気持ちでいっぱいだ。

とにかく峠は乗り越えたのだ。

| 右肩の痣(傷跡) | 17:38 | comments(0) | -
思わぬ吉報。(手術後18日目)

今日の担当医の方の診察結果。
右肩の一部の緑色の部分はひょっとして瘡蓋で綺麗にとれる可能性が出た。
担当医の方が緑色の部分をピンセットで丁寧に一枚一枚、剥いでくれた。
すると、緑色の所が少しずつとれていく。すごく良い兆候だ。

そして、もう一度皮膚移植の手術をしてお腹に傷をつけるのは嫌だし
手術後の事を考えると、尿道チューブとかトイレ我慢とか辛いので、
退院して通院しながら長い時間かけてじっくり自然治癒する事に決めました。

これからの治療法は
傷口に軟膏塗りながら、真皮が出るのをまち、
また軟膏についた汚れを流すためシャワーをして傷口を洗って
とれそうな瘡蓋はとっての繰り返しだ。

また一つ、一生モノという言葉に打ち勝った。
実は内心、神様(運)に見放された自分に嘆いていた。
でもやっぱ神様というのはどこかにいるのかもしれない。
いや先祖様かもしれない。とにかく、今は感謝しよう。

| 右肩の痣(傷跡) | 17:20 | comments(0) | -
受け入れると拒絶の間で。(手術後17日目)

今日は月曜日なので教授の診察だと思っていたら、担当医の方が診てくれた。
教授に診てもらうために俺とオカンは色々と質問を用意していたが、
担当医の方曰く、入院中に教授に診てもらう時は危ない時や特別な時(退院等)らしい。
何も異常がなければ担当医の方が診てくれるらしい。それを聞いてなんだか少し安心した。
今考えてみると、壊死しかけた時はやばかったらしい。
担当医に緑色や赤黒く変色した皮膚の部分はどうなるか率直に聞いてみた。
緑色のところは色素沈着といって、ひょっとしてこれから残るかもしれないらしい。
もしそれが瘡蓋(かさぶた)だったらこれから新しい皮膚が形成されてとれるかも。
赤黒いところは皮膚がくっつき始めたところか瘡蓋らしい。

どんな傷跡でも受け入れると覚悟していたのに、
緑色の部分が一生残るかもしれないと言われた途端、
現実を「受け入れる」と「拒絶」が心の中で葛藤した。
どんな傷でも受け入れるという覚悟はどんどん崩れ去った。
人間とは「一生〜否定形」という事実に弱いものだ。
いや、人間じゃなく俺自身がそうなのかもしれない。

でもこの事実だけは時間をかけてでも甘受しなければならない。
それか最後まで諦めず、神頼みでも何でも大逆転のチャンスを待つか。

その狭間の中で人は生き続けるのだろう。
そうした一つ一つの試練や選択によって成長していくのだろう。



 

| 右肩の痣(傷跡) | 16:14 | comments(0) | -
二つの選択肢。(手術後14日目)
今日は担当医の方とこれからの治療方針を決める話し合いをした。
俺の右肩の皮膚は4か所ぐらい欠落部分がある。
その部分を果たしてどうするか? 話し合いをした。

一つの選択肢としては
もう一度皮膚移植をして、綺麗にする。
勿論、また皮膚が欠落するリスクもある。
それにお腹にまた違う箇所に傷跡がつく。
何よりも手術後に先日経験したような経験をしなければならない。
でも早く治療できる。

もう一つの選択肢は
まだ若いので、長い時間をかけて自然治癒に任せる。
勿論、通院はしなければいけないけど、またお腹を切らなくてもよい。
これからの状態がどうなるかわからないけど、
右肩に手術跡はもう一回皮膚移植の手術するよりは目立つかもしれない。

俺の中で、もう何となく決断はできているけど、
少し考えさせてもらう事にした。

 
| 右肩の痣(傷跡) | 19:18 | comments(0) | -
摘出した痣の代償か?(手術後13日目)

今日は皮膚移植してから初めて自分でシャワーして傷口を恐る恐る洗い流した。
傷口のばい菌や余計な汚れをとるために洗い流さないといけないらしい。
固定バンドしていたので右脇がとても臭かったので、できるだけゴシゴシ洗った。
手術から時間が経ち、徐々に皮膚同士がくっついてきたが、
ところどころ(四か所ぐらい)欠落している部分がある。
そこもゴシゴシ洗って下さいと指示があったので洗った。
改めて自分の皮膚移植の部分を鏡でマジマジと見ると、何か不安になる。
予想以上に、皮膚移植した箇所が大きく緑色や赤黒く変色しているところがある。
この変色した部分はこの色のまま残るのだろうか? 更に不安になる。
しかし、手術する前にこの状況も受け入れる覚悟はしていたので、
今は不本意でも少しずつ現実を受け入れるように奮起した。
 

| 右肩の痣(傷跡) | 15:58 | comments(0) | -

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